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ハッカー検事、大橋充直見参!(前編)

もはやセキュリティ界で知らぬ者はいないという、「ハッカー検事」こと大橋充直氏。コンピューターの知識と法律の知識を兼ね備えた専門家として、セキュリティのイベントなどでも引っ張りだこの大橋氏ですが、いわずもがな、本業はハッカーではなく、バリバリの検事さんなのであります。前編では、普段はなかなか知ることのできない、検事という職業の日常についてお話をうかがいました。

大橋充直

大橋充直(おおはし みつなお)
昭和33年12月横浜市生まれ。いて座のAB型。

 昭和61年10月、司法試験に合格(41期)。修習地名古屋で PC-9801VM21を入手。検察修習中にワープロ調書第1号を提出し、民裁修習中に書式と1ミリも異ならないワープロ判決書を提出する。平成元年4月、検事に任官。ハッキング・テクニックの習得とウイルスプログラムの作成に執念を燃やす。平成8年10月、インターネット環境が整うと同時にネットワークにのめり込み、ハイテク犯罪知識を加速度的に収集。平成12年6月より、警察大学や東京高検を皮切りにハイテク犯罪の外部講師を務めるようになる。平成14年4月、法総研研究官となり、犯罪白書の執筆のかたわら、ハイテク犯罪の研究と『捜査研究』や『研修』等の連載執筆に専念し、米国出張では司法省とペンタゴンへ合法的に侵入。平成15年4月、検察庁の現場に復帰し、公判実務に忙殺されながらも、ワシントンで司法省、FBI及びペンタゴンのハイテク部署で意見交換調査を実施したり、ラスベガスでデフコン11の調査を行うなど、「ハッカー検事」としての活動も精力的に行っている。

検事ですがハッカーです~ニックネームの由来

★「ハッカー検事」で当たり前のように通用する大橋さんですが、そもそも、どういた経緯でこういうニックネームがついたのですか。

―かなり偉い検事さんが名づけ親です。検事のくせにコンピューターの好きな変わったやつがいる、ということでこういうあだ名がつきました。

★サイバー犯罪専門の検事というわけではないのですか。

―検事としては、通常の検察官の業務を行っています。ハッカー検事としては(笑)、昔ほど頻繁ではないですが、サイバー犯罪について非公式に問い合わせが来ることがありますね。警察から「こういう事件があったんだけど」と問い合わせがきて、検事への説明の仕方をアドバイスしたりしています。そうすると今度は、検事から「わからないんですけど」って問い合わせが来たりして、それにも対応しています。もちろん、最近は警察もレベルがあがりましたので、一般の検事、一般の裁判官にもわかるように資料を作るようになりましたので、時々相談にのる程度ですね。あとは、セキュリティのカンファレンスで講演をしたり、セキュリティキャンプで話をしたり、といったセキュリティ系をちょこちょことしています。それで有名になってしまいましたが、仕事というか、趣味とボランティアを兼ねた活動といったところでしょうか。

★そういう非公式の「ハッカー検事」以外では、普通の検事さんなのですか。

―はい。捜査して、公判を行います。おそらく、一般の人はこっちのほうがなじみ深いと思うのですが、警察が捜査しますよね、それを検察庁に事件として送るわけです。一方、検察庁も捜査をして、起訴するかどうかの判断をするんです。起訴する権限があるのは検事だけです。起訴した後に、今度は裁判になります。いわゆる公判です。公判は検事の専権ですので、公判を執り行います。これが一連の流れです。

★担当する事件というのはランダムに振られるものなんですか。

―普通の民間と同じですね。決済官っていうのがいまして、民間でいうところの部長みたいな人が割り振っていきます。

★だいたい、どれくらいのペースで仕事をさばいていくものなのでしょうか。

―ペースというより、期限が厳しいんですよ。まず「逮捕・勾留された者」がいる、いわゆる「身柄事件」の場合、20日で処理しなくてはならないんです。逮捕・勾留されない、交通事故や工場災害などの「在宅事件」の場合は、3ヵ月以内に処理しなくちゃいけない。3ヵ月を超えると1ヵ月ごとに、まだかまだかと書類で報告を求められる。なんだかんだで、通常で20件、多い時は30件以上と、常に2ケタ台の数の事件を抱えていることになりますね。

★それで起訴か不起訴かを判断するわけですね。裁判になったらなったで、またいろいろあるわけですよね。

―そうです。裁判の場合、大きな地検ですと、捜査部門と公判部門が分かれています。私がかつて勤めていたのが公判部門だったのですが、当時は毎日、朝から晩まで裁判をやっていましたね。

大橋充直

生業は検事、趣味はプログラム

★ご多忙の合間を縫って、ハッカー業務というか、パソコンをいじってらしたりするのですか?

―業務ではない(笑)。ただ、好きなんですね。これまでこのコーナーに登場された方々と同じように、子供の頃からBCLだとか、アマチュア無線をやったり、秋葉原に通ったりしていたという、同じ過去を持っています。

★無線から入っている方は本当に多いですね。このコーナーに登場するのは、セキュリティに関係している方が多いのですが、大橋さんは検事ですね。異色といいますか...

―異端児ですね。

★検事を志すきっかけは何だったのでしょうか。

―四大公害裁判っていうのがありまして。あれの一審判決が出たのがちょうど、私が小学生から中学生の頃なんです。そこで法律に興味を持ち、市販の入門書、当時カッパビジネスというのがあったのですが、それを全部読んで法律の方向へ進もうと思いました。当時は弁護士になろうと思ってたんですよ。

★同時進行でハッカー少年でもあったんですよね。

―ええ。その頃、プログラムも書いてたんですが「これは趣味でやっていこう」と思ってましたね。プログラムっていっても、当時はIBMのパンチカードの時代ですけれども。マイコンが出たのが中学に入ってからです。よくてプログラム電卓という時代ですから。

★趣味はプログラミング、将来の夢は弁護士といったところでしょうか。でも実際には検事になられたのですよね。

―それはですね、法律の勉強を始めてから、弁護士になるうえで非常に重要な民法がとても苦手だということに気付いたのです。それで大学4年生夏休みの時に、刑訴法を勉強していて、これは面白い、自分は弁護士より検事の方が向いているんじゃないか、と。まあ、消極的な選択ですね(笑)。

★弁護士と検事、適性も違うのでしょうか。

―勉強をするうえで単純な向き不向きはあるでしょうね。弁護士は民事が8割ですから、すべてのことを対象にしなければいけない。覚える範囲が360度でしょう。僕なんかにしてみれば、正直、かったるいわけです。検事の場合、刑事事件だけですから、刑法と刑訴と付属法令を覚えておけばいいのです。もちろん、それぞれを深く掘り下げなければならず、それが面白いというのもありましたけど。受験を始めて2年目には検事を志望していましたね。

★弁護士ってたくさんいるような気がするのですが、検事の数ってどれくらいなんでしょうか。

―全国で2000人を超えているくらいですね。昔は2000人を切ってましたね。最近やっとワッとくるようになりましたけど、検事になる人がいなくて定員割れしていた時代もあります。

★そういえば、「弁護士になりたい」っていうのはよく聞きますが、「検事になりたい」っていう話はあまり聞かないですね。

―やはり一般的に「弁護士=金持ち」みたいなイメージが(笑)。必ずしもそうじゃないんですけども。あと、「検事と裁判官は公務員=堅い」みたいなイメージもあるでしょうね。法律をやりたい人って意外と自由なことが好きな人が多いので敬遠されるのかもしれないですね。

★そうなんですか。法律好きな人は決まりごとが好きなのかと思ってました。あとは、いい方は悪いけれど、「せっかく勉強したんだからお金の儲かる弁護士のほうが」ということもあるのかもしれませんね。

―そういうことを言われることはよくありますね。「なんで検事なんかになるんだ」って。「コンピューターにくわしいんだから、弁護士として、そっちでがんばればトップになれるのに」なんて言われることもあります。

★確かに。たとえば、今の法的な知識と、コンピューターの知識を合わせて活かすことを考えると、何か別の道もあるかと思いますが、検事でいることの理由、モチベーションなどはどこになるのでしょうか。やはり正義感?

―正義感もなくはないですが、自分が持っている職人気質の部分が関係しているのではないかと思います。たとえば、むずかしいプログラムを作ったら「やった!」って思いますよね。それと同じです。むずかしい事件を証拠で固めて、法律できちんと処理して、有罪をとるっていうのも快感なんですよ。

大橋充直

バグの発見に原因究明...検事の仕事はデスマーチ?!

★映画などを見ていると、よく弁護士と検察が法廷で戦っていたりしますが、今のお話をきいていると、意外とシステマティックに処理していくものなのかと思ったりしたのですが、どうなんでしょうか。

―そうですね。手続きが決まっていますから、限られた土俵の中で戦うといった感じですね。しかも、土俵から外れた場合、「疑わしきは被告の利益(「疑わしきは罰せず」の意)」になるので検事が負けるんです。

★無罪になってしまうと、検事にペナルティが課せられたり、査定に悪影響があったりするんですか。

―ペナルティはないんですけど「なぜ無罪になったか?」で、控訴要否の審査をすることになります。この準備が大変なんですよ。しかもだいたい3日でやんなきゃいけない。公判記録を見なおして、問題点を洗い出して、判例を見て、控訴ができるかできないか、審査資料を作成して判断しなければいけないんです。プログラムででかいバグが見つかるでしょ、これを3日で原因を突き止めて、対策を考えなさいというようなものです。ほとんど徹夜作業ですね。

★無罪判決はバグ!3日でやらなければいけないんですか。

―控訴までは実質2週間あるんですけど、実際はまず内部で審査しなくてはいけないのです。その後補充捜査をして、ということになると、どうしてもこちらの作業は3日程度しかとれなくなる。しかもその間、ルーチンの仕事は外れませんから、大変です。

★まるでデスマーチのようですね...。

―実際、知力より体力勝負じゃないかと思うこともあります(笑)。

検事の日常~アフター5編

★刑事事件を捜査するとなると、日常生活で身の危険を感じることなどはありませんか。

―住所は絶対公開しませんし、どの検事がどこの部署にいるということも公開されていませんね。

★同じ司法に携わる裁判官については、いろいろな制限の中で生活をしなければならないと聞きます。検事の世界はどうなんでしょうか。セキュリティのカンファレンスなどで講演されている大橋さんを拝見すると、とても生き生きとしていらっしゃいます。ワークライフバランスというか、仕事と生活の折り合いはどのようになっていますか。

―職場ではガチガチですので、逆に、趣味のセキュリティの集まりに参加しているときは元気なのです。

★なるほど。本業+セキュリティ。他の検事の方もそんな感じですか?

―油絵描かせるとプロ並みなんて人もいますよ。

★検事同士で飲みにいったりするのですか?

―最近はあまり行かなくなりましたが、若いころはしょっちゅう行ってましたね。仕事柄、よその人と話せる内容でもないですしね。

★え、お仕事の話などもされるのですか。

―それは「同じ職員の間なら漏れないだろう」という性善説に基づき...。

★お仕事がお仕事なだけに、隣の席の盗み聞きなどが心配です!ソーシャルハッキングの危険が...。

―個室で飲むか、うちの職員ばかりが行く店で飲むか、職場内で飲むのです(笑)。

★気を使われながら飲んでいらっしゃるのですね。こういうお話を聞くと、「検事=お堅い」というイメージが変わりますね。

―上の娘が法廷に見に来たことがあるのですが、「ぜんぜんいつもと違う。まじめにやったらカッコイイじゃない」と言われましたね。公判のときは、まあ、おごそかにやっていますから。それ以外は毒舌とおやじギャグです(笑)。

★ぜひ、法廷でのお姿も拝見してみたいです。

大橋充直

検事の日常~取り調べ中編

★もっと閉鎖的な世界をイメージしていたのですが、そんなに隔離された世界ではないのですね。

―裁判官と違って、検事の仕事は被疑者被害者に直接話を聞くわけです。いろいろな社会のことを知らないとわからないですね。たとえば、会社の仕組みがわかっていなければ、会社の伝票操作で横領する仕組みがわかるわけがない。だから、世間のことを人より知っていなければならない。悪いことばっかり覚えるんですけどね。どうやったら偽造できるかとか、振り込め詐欺の成功率が一番高い方法はこれ、とか(笑)。

★それはセキュリティの世界にも通じるものがありそうな気がしますね...。多くの被疑者と直接お話されるうえで、犯罪者傾向みたいものがわかってきたりというようなことはありますか。

―記録を見てから調べるので、先入観を持ってしまっているかもしれないですね。あと服装は大きい。盗みを何度も繰り返して刑務所を出入りしている人は、あまりいい服を着ていませんしね。逆に、詐欺師はしゃれていて、華やかですよ。手錠つきですけども。

★たとえば、被疑者の供述に怒りを覚えたりすることもあるのではないかと思うのですが、そういうときは感情をコントロールするのでしょうか。

―若い時には、いろいろ失敗しましたね。そこはまあ、だんだん学習するというか、ここでこう聞かないとしゃべってくれないといったことがわかってくると、グッとこらえられるようになります。

★逆に凶悪犯などの聴取の際に恐怖心を感じたりすることはありますか?

―それはあまりないですね。それでね、検事の机って、ものすごく大きいんですよ。

★大きい?

―これは別に検事がエライからというわけではなくて、被疑者が殴りかかってきても大丈夫なように...

★なるほど!

―そして検事も手が届かないから被疑者を殴れない(笑)。

★そうなんですか!

―もちろん、逮捕者の場合は、後ろにおまわりさんがいて、暴れた瞬間に取り押さえてくれますけどね。私も、机を叩かれて脅かされたことがあります。「俺を起訴するのか!」って怒鳴られて、内心ヒヤっとしましたが、机が大きかったので大丈夫でした。

★大きな机は大事なんですね(笑)。


日本人は宣誓して嘘をつく?

★今日は、普段は知ることのできない、どことなくユーモラスな検事の日常がうかがえました。最後に、ちょっとした質問なのですが米国の映画やドラマなどでよくある「司法取引」は、日本にもあるのでしょうか。

―日本では法律でやってはいけないことになっています。現行法では、利益に結びついた供述というのは信用性がないんです。取引のための供述ということで、それは証拠として採用されない。採用しても信用されない。判決には使わないということになります。

★米国ではしょっちゅう出てきますよね。

―米国は認められていますね。これは個人的な見解ですが、米国人は宣誓するので、司法取引しても嘘を言わないんですよ。日本人は宣誓しても嘘を言う。実際、米国人の弁護士にきくと、「法廷に向かって宣誓しているんじゃない、神に向かって宣誓しているんだ」と言いますね。

★宗教観の違いなのでしょうか。司法取引については、民主党が取り入れようとしているなんて話もチラと聞きましたが、今回、政権が交代して、何か変化はありましたか。

―今のところなにも変わらないですね。ただ、予算が削られるというので、庁舎の改築や新築が止まってるんじゃないかな、と。裁判所は、耐震補強が止まったので、しばらくの間、耐震基準を下回っている施設で裁判が行われることになります(笑)。

★大地震が来ないといいですね。検事としての、表のお仕事の話はこれくらいにしておいて、後半ではハッカー検事のハッカー検事たるゆえんである、サイバー犯罪への見解などについてうかがっていきたいと思います。

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